二人暮らし*会社のこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや動物のスケッチを描いています。

後味

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小説を読むと、その締めくくり方に首を傾げることがある。

読み始めから中盤にかけて、「先が想像つかないな。どうなるのかな」と夢中になって読んで、「あ、この小説いいわ。面白い」と惹きつけられる。後半にさしかかり、「一向に話が収束する気配がないな。どうなるのかな」と思い、ラスト数ページで「え?え?これどうなるの?ページ抜けてない?」と戸惑いながら読み進めて、読み切ると、「あ、そうなるんだ。…?」とすっきりしない読後感を抱く。


締め方がヘタだ、とかイマイチだ、とは思わない。作者が意味を持たせて書いたものだから、なにか複雑な深みがあるんだと思う。

そんな終わり方を含めて、前衛的な絵画作品だと思おうとする癖。「なかなか理解はしにくいけど、こういうものなんだよな。ふんふん」(全然わかってない)


(その後ネットで「あのラストは力不足だ」とか酷評されてるのを見ると、…やっぱそうだよねえ?!と、一緒になって言いたくなることはあるけど。)


一度だけ、時間をおいて読み返した小説の、不可解なラストに深い意味を見出したことがある。

とんちんかんだと思ってた話の持っていき方の意味がいきなり繋がって、驚きとともに感激した。


ふと思うのは、用意周到な話の終わらせ方をする小説家がどれだけいるのかな。

プロがもつ悩みは想像もつかないけど、自分のありったけをもって取り組んで、推敲しすぎてわからなくなって、すごい高みに登って悟るようにラストを決めるんだとしたら、読者も読み倒す勢いで臨まないと味わえないのかもしれない。(大変)


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意気揚々と書き始めたブログ記事の締め方がわからなくていつも右往左往しています。

書くうちに予想外の方向に行く。糸の切れた凧状態。