目が悪くなったのは高校生のときです。
ずっと良い視力が自慢だったから、「そろそろメガネ作らないと…」となったときは悲しかった。
私は小さいころから本を読んだり絵を描いたりするのが好きで、おまけに猫背だったので、両親は目が悪くならないかと常に気にかけていた。
お絵かきに夢中になって、紙と目が10cmと離れていないほど近くなっている私の頭を、父がよく後ろからむんずとつかんで「背筋っ(を伸ばせ)」と言って引っ張って顔を上げさせてくれた。邪魔されてムッとしつつも、そうだそうだと背筋を伸ばすんだけど、また時間が経ったら同じことになっていた。(このやりとりエンドレス)
メガネを作る前、視力回復のノウハウを謳うお医者さんの所へ、母に連れられて行った。時計の丸い文字盤に似た道具を紹介され、決まった距離からその文字を見つめるなどのトレーニングで視力が戻る、と説明を受けた。詳しくは覚えていないけど、要するに「遠くを見る・近くを見る」を繰り返すことでピントを合わせる目の筋肉を鍛えるしくみだった。
それはいつでもどこでもできることだし、その装置がやたら高額だったので、その先生のお世話になることはなかった。
その後、観念してメガネを作った。
あまり似合わないと思っていたので、授業中にしかかけない。そして、おまじないのように、「遠くを見る・近くを見る」の運動をときどきやった。
初めはぼんやりして見える遠くのものをがまんして見つめると、だんだん輪郭がはっきり見えてくる。
《学生時代》
大教室での講義中に実践。遠くで喋る先生の顔を食い入るように見つめて、手元のルーズリーフを見て、を繰り返す。(やりすぎて 授業内容 うわの空)
《社会人になってから》
朝礼の時間を活用。フロアの中央で喋る次長さんの顔を見つめて、手元の手帳を見て、を繰り返す。(また今日も 次長と目が合い 逸らされる)
夜景や花火は、ぼんやり見えるそのままで眺めたりします。