二人暮らし*会社のこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや動物のスケッチを描いています。

一瞬でもタイミングをうかがうと謝るチャンスを逃す

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電車で足を踏まれた。
「あ、踏んじゃった!」と気づいただろうけど何も言われなかった。
20代前半くらいの男の子。スーツではなくTシャツと半ズボンだったから若く見えた。もしかしたらハタチ位だったかもしれない。
少し会釈するとか、「すいません」の素振りを待っていた私は、それがなかったので一瞬ムッとした。
けれど、つま先のジンジンするのが消えるにつれて、そんな気持ちも引いていった。
「まあそもそも満員電車だし仕方ないな」と思ったり、女の人のヒールでつま先を踏まれて怪我をした友達のことを思い出して「まあそこまでひどく踏まれたわけじゃなかったしな」と思った。

たいてい、プチ理不尽な事態に遭ったとき、人は文句を言うより自分をなだめる方向に気持ちを持っていく。大げさに言うと「泣き寝入り」だけど、私などは、目立ちたくない・大したことじゃないのに憤慨して自分の気持ちや周りの空気を殺伐としたものにしたくない、等と思ってしまう。
また「相手も内心後ろめたく思っているだろう」「たまたまちょっと無作法だっただけだろう」という想像もある。
いざというとき、自分もそんな風に許されたいという甘えかもしれない。

意識的に身を引いたわけで我慢を強いられたストレスはないし、むしろ相手を許したことでちょっと得意になったりする。
だけど、本来一言文句を言ってもいいはずだ。「そんな小さなことで、まあ…」という冷ややかな空気が、この日本にはあるけれど。



小学生のころ、友達と電車で出かけた。大人がいない、電車に乗っての遠出は珍しくて、車内できゃっきゃとはしゃいでいた。
そこへ、近くにいたおじいさんが「電車の中では静かに!」と一喝。皆びっくりして一瞬静かになり、会話のトーンを落とした。
一番スッキリした言い方をされたな、と今思う。「うるせえ!」という罵倒だと、言ったほうが悪者になり周囲が一気に緊張してしまう。
いざというとき、適切な言葉選びでビシッともの申せる大人はかっこいい。