読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

二人暮らし*会社のこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや動物のスケッチを描いています。

未だに知らない道具

f:id:shouwano:20140822011547p:plain

 

ある日、データの打ち込みの仕事を誰に任せようかと、管理職が女の子たちに聞いて回っていた。
管理職「○○さん、文字打つの早い?」
女の子「(何を基準に答えたら?な間)えー、どうでしょ…。まあそこそこできます」
管理職「基本ブラインドタッチ?」
女の子「あ、ハイそれは。」

聞いていた私は内心焦った。
毎日何通もメール打ってるのに、いまだに完璧なブラインドタッチができない。
会社で下の子が入ってくるたびに感じるのが「機械強さ」。
キーボード打つの早っ!と思うのは毎度のこと。私など、ひとつメールを作成するのに何回バックスペースを押していることか。(一番早いのはたぶんバックスペースを連打してるとき)

さらに、業務で使うシステムの飲み込みが早い。(ゆとりなんてウソ)
幾つかのツールの使い方を教わったら、パターンのようなものが頭に入るようで、そこから有る程度は自分で開拓している感じがする。育てる側にしたら頼もしい限り。
一つボタンをクリックすることでもう後戻りできないと思うと、私はどうしても他の人に確認したくなったけどなあ…

個人の頭の良さも多分にあるのだろうけど、パソコンや携帯電話などの使用開始年齢はけっこう大きな役割を果たしてるんじゃないか。

私の10歳下のいとこは、小学3年か4年のときに自作のホームページを持っていた。



使い方のわかる道具と、これまで自然に身につけてきた知識をもって、同じ年代の人に囲まれて、好きな話題だけ摂取しながら過ごしていたら、下の人のことが全然わからない状態になってしまわないかな。

例えば、
仲間内での、LINEのたわいないグループトークに参加し損ったことを本気で気に病む若者に、
「そんなに気にすること?」
「グループトーク、皆で出かけるときの待ち合わせ場所とかを知らせるのにとても便利だけど、毎日のように顔合わせる相手とそんな四六時中やりとりするのって必要?」
「所詮メールなんだから、都合のつくときに返せばいいんだよ」
以外のコメントが湧かないのは、乏しいし、さみしい。

ツイッターとかフェイスブックをやればただちに寄り添えるわけではないけど、新しいものを取り入れることは今やミーハーなだけではなくて、異なる世代と同じ土俵で問題を考える道具になりうる。

よく考えたら、スポーツが流行っているのとは次元が違うな。
おもちゃのようにも見える携帯電話だけど、それを使って、一昔前は考えられない、新しいコミュニケーションの方法を得る。

というようなことを、お盆に年長者(両親)と会って思ったのでした。