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一人暮らし*会社のこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや動物のスケッチを描いています。

思い出そう -ケンカのこと-

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友達とは、ケンカらしいケンカをしたことがない。
(ケンカらしいケンカ …怒った顔を向け合って行われるそこそこ激しい言葉のやりとり と私は思っている)
ただ、私が彼女を怒らせたことなら2回あって、そのうち1回の光景がこれ。

中学生になっても続けていたリレー漫画。ある日の昼休みに、友達のところへノートを渡しに行った。ありがとう、と受け取ってくれた。
自分の教室へ戻ろうとしたとき、呼び止められた。
「描くとき、下敷き使った?」
彼女に咎められたのは、私が下敷きをひかずに描いていたことだった。
「あ、うん使わなかった」
私はあえてシレッと答えた気がする。
あー、下敷きないや。まぁいいや、無しで描いちゃえ。そう思って、下敷きを使わずに何ページか漫画を描いたのだ。いつもはちゃんと使っていたけど、そのときに限っては見当たらなかった。それで、自分でも少し気持ち悪かったけど、横着したのだった。思わず、「そうですけどなにか?」という開き直った態度をとった。
正確には、彼女は怒らなかった。
「下敷きは、ひこう?」
そんな言葉で、やわらかく諭すように言った。
けれど、その奥には「下敷きをひかないのだけは我慢できない」という強い意志が見えて、私はびっくりした。

彼女はおっとりとして、滅多に怒らない。他人の言動について否定・批判をしない。誰かにこういうことを言われて嫌な思いをした、と話すとき、たとえ明らかに先方に非があるときでも、「相手はこういうつもりだったのかもしれないけど」「私が気にしすぎなのかもしれないけど」と恐る恐る話をした。
なんの話をするときでも、自然にトゲを抜き、毒を抜いて言葉をつむぐことができた。

だけど、気が弱いというわけでは決してない。ここぞというところでは物怖じしない、取るべき行動をとれる芯の強さがある。
密な付き合いの中でそれは無意識に知っていたはずだけど、不意にその強いものに触れて、私はたじろいだ。気の小さい私は思わず意地を張って、素直になれなかった。
「ごめんね。裏に映っちゃうしね。下敷きが見つからなくて、実は私も気持ち悪いなぁと思いながら描いたんだ。今度から気を付けるね」と言えなかった。





いつも、イラストを描いてから文章を考えている。
今回、イラストを描きながら、こんな些細なことでブログになるのかな、と思っていたけど、わりとちゃんとした量の文章になった。

一つ感じたことは、中学生のころと今の自分、心の中身は、年月の隔たりに比べれば、いつも手近にあるということ。
絵と文で情景に迫るうちに、どんな心持だったのかを思い出すし、自分がとった態度の気持ち悪さもよみがえる。
そのあと、結局私は謝らなかったと思う。下敷きは絶対ひくようになった。