二人暮らし*会社のこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや動物のスケッチを描いています。

思うこと

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夏休みが終わりました。いつもそうなんですけど、実家に帰るといろいろと思い乱れることが多くて、その一つを書きとめておきます。
絵は夏らしいものをと思って描きました。トマトが変にどす黒い…。




とてもつまらないことで腹が立つことがある。漫画風に表現すると「ムッカ~」という感じ。誰にでも、ときどきは起こることだと思う。時間がたてばケロッとしているという点も。ただ、その腹が立って、相手に思わずかみつくようなことを言ってしまうのをどうにかしたい。とっさに噛みつける相手というのは多くなくて、まぁ、はっきり言うと家族だけである。噛みついてしまうのは、相手を軽んじているからではなく、同じテンションで言い返してこないとわかっているからだ。戸惑いながら、ときに傷つきながらも受け止める懐があるとわかっているからだ。ようするに甘えだ。

私の気が小さいということには、少しの批判や罵声だけで委縮し、文字通り固まってしまうという弱者的な面と、心底しょうもないことで瞬時に怒りのどす黒い炎が湧く、という傍迷惑な面とがある。感情(怒り)は冷静な考えをハイジャックして、衝動的に言葉を吐き出させる。もう、ほんとうにしょうもないことばかり。話をしていて、自分の思っているように伝わらなかったとか。自分が詳しく知っている分野にトンチンカンなコメントをされるとか。とくに自分の言葉足らずで正しく伝わらなかった場合に怒りを感じるのは勝手がすぎるので、「あ、ごめん言い方が悪くて」と言いつつ別の表現で伝え直したり、ちょっと気を付けるようにはなった。これは、相手じゃなくて、思うように言葉を操れない自分自身の不能に対する怒りなので(都度意識はしないけどきっとそう)、八つ当たりなのだ。

いつも自己嫌悪になるし、傷つけたくない人を傷つけた(かもしれない)ことで申し訳なくて申し訳なくて悲しくて泣きそうになる。親は子が思うより子のことをわかっているというけど、私の言動のどの部分に喜びを見出しているのかいまひとつわからないうえに、上述したようなことを含め、耐えること・悩みごとを強いている自覚はあるので、私は私のことがいやになる。家族というのは、謝ることが難しいものだけど、顔を合わせて別れた後などにメールで謝ることがたまにある。返ってくるのは、別になんのこと?気にしていない。楽しかったよ。そういう言葉。こちらの過失を責めないというか認めていない。

子供の頃は、親が「合ってるよ」「いいんだよ」と言ってくれるのに安心し勇気づけられていたけど、いつのまにかそうではなくなった。親がいいというからいいのではない。正しいかどうかは自分で考えなくてはいけない。30歳になったら、40歳になったら、50歳になったら。昔はそれなりの年齢に達すればそれなりの大人になると思うともなしに思っていたけど、そうではないなといまは思う。しっかりあらゆるものをこなして、人はいつのまにかちゃんとするんだなと。ただ歳を経れば自然と大人らしい大人になるわけじゃないと。大事な願いなので「こんなふうになりたい」とはっきり言葉にはしないけど、なれますように、なれるように道を選べますように。