二人暮らし*会社のこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや動物のスケッチを描いています。

のし袋と辞書


久しぶりにのし袋に名前を書く。金額を大字(だいじ)で書こうとして、念のためネットで漢字を調べた。よし、書くぞ、と思って筆ペンを握ったけど、なんだかやっぱりまだ不安で、席を立って本棚から国語辞典を引っ張り出してきた。

それで該当する数字を調べて、うん、大丈夫、合ってる。そうやって確認して、やっとペン先を紙につけた。

フォーマルな場に行くとき、さまざまなマナーを必ずネットで調べる。たくさんの便利なページが出てきて、手取り足取り教えてくれて心強い。だけど、厳密にいうとどんな情報も確実性に欠けるので、当日を迎えるまで不安が拭えない。そういう不文律は合理性より慣習の力が強く働いているだけ、自身の頭で「常識に従って」考えるには限界があり、だからこそ間違いないことを知りたいのに、出典が信頼できない。

そこへ、この国語辞典の安心感。最終的に辞書に助けられたのがおかしくなった。もちろんネットでも調べて、辞書も見て、とソースがふたつあったから安心感が増したんだけど、決定打は辞書のほうだった。

引越しで本を処分したとき、手放さなくてよかった。ただ、それはこうやって役に立つと思ったからではなくて、「辞書を捨てるなんて」という抵抗感からだった。

辞書は、用がなくてもたまに手にとってペラペラ見たりすると面白いものだけど、正直言って、それはむしろ教養の世界から離れたくないという思いの象徴、なんでも効率が重視される生活を送る中での意地、お守りのような存在になっていた気がする。こうして生活のなかで自然に辞書を求める、辞書にすがることが久しぶりで、嬉しくなった。


*冠婚葬祭については、地域差なんかも大いにあるので、本当に困ったときは親などの年長者に確認する。


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*小学生の頃、新しい漢字を習うと、その漢字を使った熟語の意味を辞書で調べるという宿題が出た。目的の熟語が見つからず焦れていて、親から「だんだん早くひけるようになるよ」と言われたなぁ。