二人暮らし*会社のこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや動物のスケッチを描いています。

長袖・逆ホームシックの話など


この秋はじめて長袖を着た。手首まで覆われる感覚が懐かしくてなんだか嬉しい。

涼しくなったら着ようと、春先に買っておいたもの。お腹に向かってフワッとしていてお尻が隠れる長さ、両サイドにスリットが入っている。

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ついこの間まで蝉の声を聞いていた気がするから、この秋、と言うのもフライングかな、という気がした。でももう9月も下旬だ。季節は気候や虫の音の変化を伴いながら明らかに変化しているのに、なかなか夏の気分が抜けない。


(話が変わります)

少し前、出産に備えて里帰りをした。

東京を出る数日前に切った爪が伸びてきている。もうちょっとしたら切らないといけない。東京の自宅を離れてからの時間が偲ばれて、切ない。

東京の自宅では、朝昼晩の台所仕事の合間に自分のリラックスタイムを作っていたのが、いまはほぼ一日中がリラックスタイムで、それは贅沢なことなんだけど、どうも調子が出ない。

自分以外の人間(親)が家の中を切り盛りする、その傍らでただのんびりと、好きなことをどうぞ、と言われても、どうも怠けているような、ダメ人間になったような感じで。そんな張りのない気持ちなので、読書もお絵描きも、背筋を伸ばして臨めない。

今はもう、私の家は東京なのだな。


(ここまで書いて、好きなことならウニャウニャ考えず素直にやればいいんだよな、と思った。なにも、家事などのタスクをこなしてからの報酬みたいに考えなくてもね。)




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お金のことが苦手という話


貯金の一部を運用することにした。口座に置いておく以外のことは初めてで、ちょっと落ち着かない。

お金の動きやパソコン上の処理など、目でしかと確かめられない動きをするものは、苦手だ。

投資に関する本は3冊くらい読んだけど、「あーそういうことね!わかったわかった!」とはならなかった。でもそれを待っていたら何年もこのままだろうし、口座に寝かせておくよりはいくらかでも運用した方が良いことは確かだと思うので、実行にうつすことにした。


話は少しずれるけど、私のアナログ人間度合いについて。

お金を銀行口座に置いておき、必要な分だけ引き出してお財布に入れる。そこまでは大丈夫。

ただクレジットカードはちょっとストレスである。(社会人になってから作った。仕組みがよく分からなくて悩んだ。)

いくら使ったかを把握し、毎月の引き落としの日にそれに足りるだけの金額が口座にあるように気をつけていないといけない。

その引き落としの明細も、覚えのない項目がないかなど、見るべしとされる。

さらにポイントなるものが溜まるので、消滅する前に有効活用するよう定期的なチェックも必要になる。

大金を持ち歩かなくていいとか、持ち合わせがなくても買い物ができるとか、メリットは分かるけど、それまでは必要なかった労力を求められていると感じる。

やっぱり、使ったときにその分お財布から減っていくのが一番良い。

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でも、正直クレカで良いなと思う面もあって、

①会計が早く済む(小銭をコチャコチャ探して渡したり、お釣りをもらう手間がない)

②節約になる(引き落とし日にガバッと引かれるのが嫌で、その金額を少しでも膨らませまいと、買い控えの力が働く)


クレジットカードや投資の仕組みは、説明を読めばそのときは「ああはいはい」とわかった気になるんだけど、しばらくしたら抜けてしまって、人に説明できるほどの理解は得られない。

こういうもの達と、自分の脳みそとは、粘土とプラスチックみたいなもので、いくら指で伸ばし押し付けても、くっつかない。変な例えだけど、これが一番実感に近い。(こんなにピッタリな例えがあろうかというくらい、この感覚)


でもこれからの時代、煩わしいから触りませんというわけにいかないことなので、生活する中で連れ添い、何とか理解していかないといけない。仲良くやっていかないとな。(と、対象を擬人化するのは、無機質なものに近づくための一つの手です)

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さつまいもの話など

今週のお題「ごはんのお供」


ふるさと納税の返礼品で定期的に届くお野菜、毎回中身はお楽しみで、今回はその中にさつまいもが入っていた。

大学芋にしようと思い(甘いものに飢えているので)、揚げない簡単な大学芋のレシピを探していたけど、やっぱり作り置きのおかずになった方がいいなぁと思い直して、お砂糖やはちみつは無しの、煮ころがし的なのを作ることにした。さつまいもはそれだけで本来とても甘いので、その甘さを引き出せるなら甘いもの欲も満たせると判断した。

水と酒で蒸して火を通し、しょうゆ、みりん、黒ごまを絡めておしまい。

もう少しお醤油は控えてもよかったかな、の感はあるけど、おいしくできた。

昨日の晩こしらえてから、タッパーに入れて冷蔵保存。さきほど料理をしながら1つ2つつまんで、小腹満たしにもなった。

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落ち込んだり自信をなくしているとき、ネットで「あなたは充分頑張っている」「逃げてもいい」というような、“まず心の安定を確保すべし”と発する記事・コラムに出会うことがある。これは、私は、なんだかなぁと思う。

これだとまるで、あなたは今かわいそうな、不幸な状況にいる、と言われているみたいで。

なにかと格闘していることは、そんなに悪いことでも、珍しいことでもないと思う。日常の一部として、そのことでいちいち動けなくなったりしない、分厚い心の持ち方が知りたい。

クヨクヨしている気持ちを認めるのではなく、そんなに悩むことじゃないでしょうと言われたい。

本当にヨレヨレになっている時もあり、そういうときは優しいものに包まれたいけど、肯定や労いの言葉は、やっぱり身近な人間から聞かれてこそで。


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(ブログへのコメントなども、とても嬉しい。ありがとうございます。)




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休日の行動


今日は朝から頭がシャキッとして、前から放置していた用事(難しいものじゃないけど、ただ面倒なやつ)を片付けた。続いて掃除もさくさく進んで、良い感じだったけど、ふと、立ち仕事が続いたから少し体を休めよう…と腰を下ろしたら、気がつけば小一時間、スマホで漫画を読んでいた。

朝からこなした仕事の量だけ見ればまぁ頑張ったと言えなくもないけど、なぜそのペースを維持できないのか、なんで無駄にグータラを挟んでバランスを取るのか。(原因は自分だけど、自分の意思としてはそうじゃないので、何か見えないものに対して文句を言いたくなる)

午後3時まではまだ取り返せる。4時を回るとちょっと焦る。4時半を過ぎるともう5時が見えてきて、今日は終了です、という気分になってくる。

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朝のうちに家事をやって、午後からやりたいこと(お絵描きやブログや、甘いものを食べる)をやるのが、理想的な休日の過ごし方です。夕方になったらまたお夕飯の準備などが始まる。

「やりたいこと」が「家事」と「家事」でサンドイッチされているのがちょうどいいのかな。

そのサンドイッチには、前の晩に夜更かしせず床に就き、朝は無理することなく早起きして動き始める、という条件がある。(休日は前の晩から始まっている)




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はてなブログをやってきて


読者登録をさせてもらっているブログで、ときどき、更新されなくなってしまう方がいる。

「そういえば○○さんのブログ最近読んでないな」と思って、読者登録しているブログの更新情報をずーっと遡ってみたら、何ヶ月も書かれていなかった、というふうなことがある。

はてな上で付き合いのある(ブログを行き来し合っている)方々は、誰とも会ったことがない。でも音沙汰がないとさみしい。

事情は色々だろうけど、できれば、ポツポツとでも書いたものを上げてくれたら嬉しい。

大きな出来事がなくても、日常のことで十分で、何を書いてもその人の味は出る。


私は何年か前に、「最近は東京で何してるの?」と近しい人に聞かれて「ブログ続けてる」と言ったら、「なんか暗い感じ」と言われて、それをきっかけに、なんとなく、その後何ヶ月も書かなかったことがあった。

(習い事に通ってます、とか友達と旅行に行きましたとか、そういう答えなら人は納得したのかな)

たぶん今よりブログにのめり込んでいた時で、自分自身が少し疲れを感じていたから、引き金となってしまったんだと思う。

(結局、ある人がコメント欄で、最近更新ないけどお元気ですか、と話しかけてくれて、また書き始めることができた。とても嬉しかった。きっと勇気が要ったことと思う)


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仕事から帰ったらご飯のことをして、あとは好きに絵を描いてブログを書いて…という時代があったなぁ。

(なんでもできる♪と頭では思うのに、実際は仕事の疲れもあって、なかなか、時間を満足いくように使えなかった)




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もどかしい思い


長くて、個人的な(大抵そうだけど)話です。


妊婦という立場から、コロナ対策は徹底してきた。神経質過ぎるかもしれないけど、何年も後になってあれは大袈裟だったね、と笑うことになったらそれはそれでいいし、と。

マンションのエレベーターは長らく使っていない(部屋のある階数がまぁギリギリ階段でいける)、飲食店にもコンビニにもスーパーにも、4月以降行っていない。(これはもちろん一緒に住む家族のサポートがあってのこと)

毎日○○人と報告される感染者数には、うかつに街へ繰り出して遊んでしまった人、大人数でワイワイ飲み食いしてしまった人、不特定多数のお客さんと相対する接客業の人が多いのかもしれないけど、そうじゃなくて、やむを得ない短時間の外出で運悪く拾ってきて発症してしまった人もいるんじゃないかと思う。

自分がいつその立場に置かれるかわからない、という気でいるのが肝心、という心持ちでいた。


里帰り出産にあたり、実家の両親にも、同じ姿勢を期待していた。だけど、どうもそれは難しいらしい。

東京と他県では温度差があるのは当然かもしれないけど、自分の親ということになると、その絶望感は堪えるものがある。

田舎の町だけど、これまでにわずかながら感染者が出ている。それを言っても、「よっぽどの行動をした人がかかるんでしょう」という返事。かかる人と自分たちは行動が大きく違う、という考えだ。

親のスタンスはこうです。

リスクを0にはできないんだから、気をつけながらほどほどにふつうの生活をする。近所のスーパーはもちろん、贈答品など必要な買い物があれば電車に乗ってデパートにも出かける。

外出時はマスクをして、顔には触らないようにして、帰ったら手洗いうがい。

ただ私から見たら、「その外出必要かい?」「もっと家に篭れるでしょ?」と言いたくなることが多い。リスクを0にできないと開き直るんではなくて、限りなく0に近づける努力をしてくれないかな、という気持ち。

なんか、ちょっとヒステリーを起こしてるのかもしれない。(コロナにかかったら…一応高齢者だし…と親を心配する気持ちよりは、これからそちらに行く自分とお腹の子のために用心してほしいというエゴが強い。)

ただ親子なだけで、他者同士。意識の違いは当たり前と思った方がいいのかな。それでまずは、裏切られたような気持ち、自分の体の一部が思うように動かないような苛立ちは無くしていくべきなんだろうな。

傷つくのも苛立つのも、「自分の気持ちを汲んで動いてくれるべき存在」という思い込みから来ている。

「そうじゃなくてこういう考えを持ってよ」と電話口で強く言うのも、困らせ傷つけたかと、あとから苛まれるのもまた辛い部分で、なんだかもう、いっときはとてもしんどかった。


こんな個人的な小さなウニャウニャは、別にニュースにもならないだろうけど、コロナはこういう問題も連れてくるんだな。

(問題の質的に、いつかこの先の人生でぶつかったことであろうから、これをもって「コロナのやつめ…!」とは思わないけど、妊娠中は心穏やかに過ごしたかったなぁ。)

自分が妊娠していなければ、今頃はふつうに通勤していたはずだし、たぶんもう少し余暇も楽しんでいたと思う。人出を伺いながらも買い物に行ったり、家の近所でなら旦那さんと外食もしたと思う。

少なくとも今はコロナとうまく付き合っていくしかないので、(うちの両親のように)できる限りの対策はしつつも、過剰反応することなく、なるべくストレスフリーに普段の生活をするのが良いんだろうな。

(かつて緊急事態宣言下で巣ごもり生活がたけなわの頃、一般市民大勢が徐々にストレスを募らせているらしいことは、なんだか別の悪いことが起きそうで不安だった。)

ただ、今この身体は私一人のものではないということ。専門家にもわからないことがまだ多いようだから、漠然とした不安が拭えない。

コロナを念頭に置いての生活には慣れたつもりでいたけど、こうして考えてみると、改めて、厄介なことだなぁ。

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(最近おやつにバームクーヘンを食べた。温かい紅茶も淹れたけど、一口もすすらずバームクーヘンを平らげてしまった。甘いものはゆっくり食べられない。)




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すぐ焦る②


前回の続きです。なんでも前もって前もってやろうとしてしまう性分について。

でも、ここ5年くらいでだいぶ変わってきた、という話です。

まず待ち合わせには20分も余裕を持っていかない。

たとえば友達と11時半に待ち合わせの場合。(休日の都内だと12時にランチのお店を探し始めると難民になる可能性があるので半に落ち合うことが多かった)

朝起きて化粧をしてゆっくり服を選んで…と午前中いっぱい身支度にあてられたのは、時間と体力が潤沢にあった時代で、年々、仕事で疲れて休みの日はギリギリまで寝たい、とか、結婚して以降は一人じゃないので、家を出る前に掃除をしようとか、そもそも必要以上に早く家を出る理由を旦那さんに説明できなくて(ここに書いたようなこと、うまく言えないし、言っても、え、なんという時間の無駄…というリアクションが返ってくるだろうし)、結果、常識的な時刻に着くように行動するようになった。(※1)

社会人生活が長くなって仕事がこなれてきたのも大きいかもしれない。

仕事では、日々タスクが捌けて積み上がり捌けては積み上がりするので、一旦全部キレイに片付ける、ということが少ない。

常になにかを抱えた状態、その中で優先順位をつけて、締切の当日に仕事を片付けることも普通で、その都度極端に疲弊したりしなくなった。

ギリギリだろうがなんだろうが、ちゃんとしたものを期日中に差し出せればいい。

そんなふうに、いろんなことに対して必要以上に早く手をつけないで、最小限のエネルギーで対処するのに少し慣れてきたと思う。

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これは考えてみれば大きな変化で(変化の幅は小さいけど、変化した部分が大きくて)ちょっと自信になった。

今はコロナで色々停滞しているけど、この先も基本的になにかを抱えながら走る日々になるだろうからなぁ。

まあ今でも、ホームに着いて電車がすぐ来たらなんか落ち着かないし(できれば数分は電車を待ってボーッとしたい)、新しい体温計が脇に挟んでから思ったより早くピーっと鳴ったら「早いわ」と突っ込んだりしているけど。

仕事では上記の通りだけど、家の用事に関しては未だに「早く早く癖」が顔を出すし。

まあ、人が変わったように、中身が総入れ替え、みたいなことにはなかなかならないので、自分を買いかぶりせず、用心深く、生活していきたい。


※1  べつに、家の人には待ち合わせの時間まで詳しく言わなくても、「○時に出るよ」と出発時間だけ言うとか、また嘘の待ち合わせ時刻を言えばいいのかもしれないけど、そういったことがどうもナチュラルにできない。それ自体に神経をすり減らしてしまうので、ありのままを言う選択肢しかない。



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