暮らしの中で思うこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや、たまに動物のスケッチを描いています。

ごはん作りの話

 

子どものごはん作りが、少し軌道に乗ってきた気がする。全品毎日は作らず、朝作った汁物を夜も出したり、晩ごはんはすべて作り置きを温めるだけで間に合わせたり。
冷蔵ものは作った日を含め3日以内、冷凍は2週間くらいをめどに食べ切る。冷凍は、だけどわりと味が落ちるなと感じるので、2週間より早めにと心がける。(が、管理しきれず食べきれないことも。軌道に乗ってきたと書いたけど、全く完璧ではない)
肉や魚を使うメインのおかずを、思ったより味濃く作ってしまったときは、翌日はご飯と混ぜてチャーハンにしたりする。

幼児食のレシピ本、良いのに出会えたと思う。レシピ本でもなんでも、出会えてよかった、これ読んでなかったら違ってた、という本の存在は嬉しい。
使い捨てじゃなく、お互い歳を経て姿を変えつつも読み返して、付き合いが続く。

*絵は結構前に描いて、子どものごはん作りのことを書いたら載せたいなと思っていたものです。

 

 

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寒さの話、ネットでの買い物の話

 

先週末、寒い中外へ出かけ、あれこれ用事を済ませて帰宅したら、指先から出血しているのに気がついた。
どこかで擦りむいたんだろうけど、寒さのために感覚が鈍っていて、痛みも感じなかった。
絆創膏を貼ってみたけど部位が部位だけに水仕事をしているとすぐ剥がれてしまうので、翌日には諦めてそのままにしていたら、ちょっと膿み出してしまい、見た目がちょっとアレなので、会社に行く時だけ絆創膏を貼ることにした。(何度か手を洗えば取れそうになるので予備も持って行く。)

本当に寒い日が増えて、今週は上着のポケットに手を入れていても、強い風が吹くと布地を突き抜けて冷気が染み入ってくるようで、あぁ手袋が欲しいなぁと思った。

 

話は少し変わって…
何か欲しいなと思うと、スマホを手に取る。衣類も日用品も、時に人にあげるものでさえも、いろんなものをネットで買う習慣になってしまった。
ただネットでの買い物は、実物を手に取れない、詳細を店の人に尋ねられないので、会計に踏み切るにはつい慎重になり、あれこれ検討してカートに入れたり外したりとかするうちに、時間を食うし、また疲れる。
ちょっと予定をやりくりして、半日でも街に出て買い物をする時間を捻出する方が楽かもしれん、と思い始めた。(うかつに出かけてコロナをもらってくるのは怖い、というのはあるけども)
実店舗での買い物には「縁」が後押ししてくれる部分があり、また「そろそろ決めないと」という時間的なリミットがあるけど、ネットで出会う品物にはそれがないので、いくらでも時間を投入でき、消耗するのだと思う。(書いていて気付いたけど、ネットのお買い物にもリミットを設ければいいのかな。)

 

 

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ちょっと休憩できた

 

久しぶりに仕事の休みをもらって、少しのんびりできた。
誰にも邪魔されず料理をするのは快適だったけど、それよりも早く紅茶を入れて、腰を下ろしておやつにしたくて、めちゃくちゃ集中してサササーっと終わらせた。
やはり私には料理はきちんと食べるための手段に過ぎず、他のことを横に置いておいてもやりたい事ではないのだなと感じた。(それでいて、予定通りに料理をし終えた満足感は何にも代え難いのが不思議というかおもしろい)

 

娘が言葉をよく話すようになってから、時々、出したものを美味しいと言ってくれる。
コツコツ続ける台所仕事が家族の健康を支えていると、時々自分に言い聞かせることとは違って、素直に喜びが湧いてくる。
小さな子どもでも(子どもだからこそ?)、他者の言葉によって生かされているんだなぁと思う。大人だからというのでいくら自分で捉え直したり意識をしたり、自分で自分の機嫌をとっても、人の言葉一つに敵わない。

 

 

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病院で聞いてみたいこと

病院の先生に聞いてみたいことがいくつかある。
・私は膝を折るとパキッと音が鳴るが、鳴る人と鳴らない人の違いは何か。また、一度鳴るとしばらく鳴らないのはなんでか。
・漢方の世界では朝はあまり食べなくて良いと聞いたことがあるけど、実際どうなのか。
・風邪を引いたとき、風邪薬って飲んだ方がいいのか。(とくに子供の成長過程において自分の体力、回復力で闘うことは、体を強くする的な意味があるのかどうか)

今は思い出せないけど、他にも、日常の中で折に触れて思い出す素朴な疑問があって、
いつもお世話になっている先生の見解を聞いてみたいのである。(何科かによって聞けること聞けないことあるだろうけども)

でもたいてい、病院にかかる時は、何か解決してもらう問題があって診てもらっているのであって、ポッと思い出した関係のないことを、そういえばですね、と切り出すのは、迷惑な気がする。
ただでさえ、病状を先生に説明する時は、必要以上に長くならないように気をつかう。
(病院の先生というのは、ダラダラした話はパッと遮って要点を纏めにかかる人が多い気がする。それで、忙しいのだろうなと思うのである)

 

私は採血の時に針が刺さるのを見ていたい方なんだけど、見てられるとやりづらいもんですか?とかも聞いてみたい。(身内に医療関係者がいたらやっと聞けるレベルの質問)

 

そういえば例外的なケースとして、昨年かその前かの健康診断の問診の時に、ちょっと気になっていた自分の体のことを話する機会があった。
まず一方的に長々と自分が話をしたんだけど、とても丁寧に耳を傾けてもらって、その上で、それはこういうことですね、と納得のいく説明をしてもらえた。
それで、お医者さまにしっかり話を聞いてもらうというのはこんなに安心を得られるのか、と感動したのだった。
これは、しっかり自分が話を聞いてもらったという実感があったから、説明が入ってきやすかったのだと思う。
多くの場合は、先生に対し病状を説明する際に話を短くしようと自発的に省いている部分があったり、また説明された内容に関してさらに質問したいのに躊躇してタイミングを逃し、モヤモヤしたまま帰ることも多い。
(まあどうしても気になれば、話を長引かせても食い下がる図太さはあると思う。そういうモヤモヤはだからまあ大概些細なことで、でもそういうものが病院への印象に若干の影を落としているなと思うのである)

 

つくづく論点を絞ってわかりやすくまとめるのが苦手で、書いているうちに枝葉がそれぞれ好き勝手な方向へ伸びていってしまう。(これでもちょっと剪定はした)

 

 

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やっと気持ちがはっきりした


昨年末、後少しで仕事納めという時期に家族全員で順番に胃腸炎にかかり、ハードな年末年始を過ごした。
子供はまだ小さいけど、なるだけ文化らしいものには触れさせようと思って、お雑煮と二、三のおせち料理の材料を揃えてあったのに、何にも出来なかった。
それを残念と思う気持ちと、開き直って手放してしまってちょっと気が楽になった感じの両方があって、予定通りやれていたら、やはり少し無理をすることにはなったのだろうなと思った。
日々エネルギーの大半を会社の仕事に持っていかれて、家の中のことを諦めるのは悔しい。だからいつも後先考えずあがいて、疲れて体調を崩しかけてから自重する。
本当はもっと計画的に手を抜くべきなんだろうけど、いい加減わかってきたのは、私は料理は諦めたくない。諦めたくないから、手の抜きどころがわからなかったのだ。
(手を抜くならできれば会社の仕事にしたいけど、それも簡単ではない。が、とにかく動いてみるしかないのだろう。)

話を戻すと、お正月の料理を諦めても台所仕事がなくなるわけではもちろんなかったけど、家族全員お腹が弱っていた数日間は、夜ご飯まで適当でよかったのでちょっとラクだった。
それで思いがけずゆとりが生まれて、今の生活を振り返ってみたら、先程書いたように、「家事育児ではなく、何かしらのメスを入れるなら仕事のほうだ」という決意が浮かんできたのだった。

 

また私は胃腸炎の治りかけに風邪をひいてしまい(もう踏んだり蹴ったり)、喉の痛みがしつこいので、よくネットで見かける、大根を蜂蜜漬けにしたのをお白湯などで割って飲むのをやってみた。
はちみつに大根て、どんなんよ、と思ったけど、風味がよく合って、美味しかった。
同じように喉を痛めている夫にもあげたけど、とくにめぼしい反応が得られなかったので、残りは数日に分けて自分一人で飲んでしまった。(我ながら器が小さい。)

 

皆さまもどうか体調にはお気をつけて。
元気が出ないというのはほんとにしんどいものです。

良い一年になりますように。

 

 

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食事づくりのことなど

少し前に久しぶりにはてなを覗いてみたら、アカウントページから何から、色々様変わりしていて、キョロキョロしてしまった。
今年は、おそらく「一年間にこれだけしか書かなかったんか」と寂しくなる本数の投稿しかできなそうだけど、書こうと思って、書ける時は必ずあるので、細々続けていきたい。

子供が2歳に近づき、大人が食べるものと近いものを食べられるようになってきて、食事作りが少し様変わりした。楽になった面もあるし、新たに頭を悩ませることも出てきた。
幼児・大人共用のレシピには食材や調味料に凝ったものが無いので、あーニンニク買い忘れた!とかソース切らしてた!とか、そういうことが起こらないのは楽だけど、
一方で思った様に食べてもらえず、残ったコレを冷蔵庫に入れといて明日も出そう、という計画があっけなく裏切られて、労力と食材が無駄になったと感じてどっと疲れることもある。

食事に限らずだけど、子供と過ごす中で急な予定変更を強いられる場面がドシドシやってきて、ちょっとずつ私自身少し鍛えられているなと思う。

重いものを持つのは大変だけど、恐れていたよりもその負荷はちょっとずつ増えていくので、こちらのスペックも上がっていくのだと知って、近頃は少し落ち着いて歩いている。

 

 

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深夜に静かに炒めものを作る


実家から届いた万願寺とうがらしを、やっと料理した。(こんな深夜に…)

白ごはん.comのレシピで、甘辛く煮てかつおぶしで和えて終わり。

明日の晩御飯の一品が増えて嬉しい。

これまでずっと、忙しさを理由に、まとめ買いした食材を管理しきれず、野菜などをダメにしてしまうことがしばしばあったのを、今更ながら反省して、もう少しきちんとやろうと思った。

思うに、もっと行き当たりばったりが良いのだろうな。

いつも、何かを思い立つと(とくに家事に関して)計画的にやろうとしてしまうけど、未来の自分のキャパシティを欲張って大きめに見積もってしまうので、結局やり切ることが難しい。

その時その時の精一杯でできることをやっていくほうが、プレッシャーがなく、楽しいなと、最近になって実感した。


育休から仕事に復帰して、働きかたが変わった。

土日に余裕を持って子どもと接したいと思ったら、平日にエネルギーを使い果たしたらダメで、曜日に関わらず、一日一日こまめにラクをし、負担をならすこと。

仕事をしながら子育てをしている人は常時疲れ切っているものというイメージがあって、自分もいっときはそうなろうとしていたけど、いやいやそれではもたない、と。

とにかく目標は、疲れないこと。ふと他人より余裕があるな、ラクをしてるかもなと感じても、さらに背負い込もうとしないで、自己管理のひとつとして堂々としたい。(もちろん周りとの関わりは大切で、塩梅というか、匙加減、やり方には適切に気を遣いたい)




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