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二人暮らし*会社のこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや動物のスケッチを描いています。

本を読んで


坂口安吾を読んで思ったのは


どうしたんだろうこの人は、何でそんなに悲壮でやさぐれていて、もうその状態で悟りきっちゃってるんたろう

一度学生のころに読んだときは、少し違った印象だった。
刺激的で、爽快で、ある視界が開けたような感覚があった。うまく言えないけど、あぁ、こういうふうに構えるのもありなんだ、と、ある種楽になったのを覚えている。

今回だってその感覚を思い出したので、別に前にはとても印象がよかったのが180度変わってしまっていた、というわけじゃない。
ただ、前よりも、極端だなぁと感じた。

それに続いて思ったのは
一人の人間に、この人の著作を必要とする年齢やタイミングは一度くらいあるだろうな、それが私は学生のときだった。
いまと比べて学生の時はどんなときだったか。自信がなかった。気楽だけど漠然とした不安があった。

特定の時期、極端な心境のときに必要とする文学がある。

それでは、それを書いた人は。
その考えは、生き方は、多かれ少なかれ極端でないわけがないよなぁ、と思った。



ある時代、病気になったり、自ら命を絶ったりした文筆家が割といる。

昨年、夏目漱石の妻というドラマを見ていて、あぁ、あんなにタバコを吸って、背中を丸めて、畳に直に座って、長い時間机に向かってものを書いているなんて、絶対体によくない、ストレッチやヨガをやって背筋を伸ばしてほしい、と余計なもどかしさを感じた。
(ちなみにこの話を母にしたら、まぁでもあの時代の人はいまより散歩をしていたようだね、と言われてこのモヤモヤは少し解消した)

名作は作家が生み出したもので、その思想は生まれと育ち、社会の状況、生活習慣によって作られた。



この人の書いたものが好きだ、そう言えるものに出会うのはとても満たされる。
時間が経てばそれが変化することがあり、その理由に思いをはせるのもまた中身のあることだ。




坂口安吾を読んで、学生のころは感じなかったけど今気づいたことは、その文章のスピード感。

この日記は、その雰囲気を真似してバーっと直感的に言葉を選んだのですが、とても書きやすかった。

いつも、えーと、えーと、と散歩するように書いているので、そこらへんの石ころ、小さなニュアンスの違いに足を取られていたようです。
なるほどね。

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