二人暮らし*会社のこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや動物のスケッチを描いています。

キャベツの話


キャベツの千切りが、なんだか下手である。コールスローを作るときや、味濃いめの肉料理の横に盛るためによくやるけど、細かな切れ端がやたらと飛び散る。


キャベツ一枚一枚の重ね方に問題があるのかなとうすうす思っている。

キャベツの二分の一や四分の一のかたまりのままではなくて、何枚か剥がして、切りやすい大きさに大まかに切って、それを重ねて切り始めるんだけど。皆なんか違うことしてるのかな。

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ちなみに、千切りといっても、お店で出てくるトンカツと一緒に盛られてるような細かーいのはできなくて、幅5mmくらい。

料理においては「特別意識せずども長年やってるとできるようになる」こともあるけど、これは都度意識して練習しないとだめなたぐいの技術だと思う。


あと、コールスローについて、いつも塩を摂りすぎなんじゃないかと心配になる。切ったキャベツをしんなりさせるために、結構な量の塩を振る。

しばらく置いたあと、キュッと握って水を絞ってはいる。出来上がって食べた時に「塩辛っ」とはならない。お酢や胡椒と合わさって良い味加減になっている。だから良いのだろうけど。


葉物野菜が高い今日この頃、キャベツは一度に使い切らなくても少し日持ちするし、保存できるおかずのレシピが豊富だし、積極的に買っている。

肉と合わせてメインにも、またサラダにもなる。スープにしたらコンソメでも中華味とも合い、お味噌汁も大丈夫だ(キャベツキャベツした風味は出るけど)。

困ったらキャベツを買ってる気がする。キャベツさまさま。


バレンタインに対する考え


バレンタインデー。職場ではあまりお菓子をやり取りするのは盛んではなくて、私も基本的に用意しない。でも、たまにもらうことはあって、そういう時は素直に嬉しい。

一ヶ月後にお返しをしないとな、という負担を感じないわけではないけど、嬉しさが勝る。たとえ、誰かのついでかな、と思われても、嬉しいもんは嬉しい。


少しでも気にかけてくれた、ということ。それに、私が甘いものを好きだから。(正直こっちの理由が大きいのかも)


面倒だというのが社会の総意のように言われるけど、まったく嬉しくないという人は少ないんじゃないかな。甘党本位なイベントではあるけど。(別におせんべいとかでもいいんだろうけどあまり見かけないな)


自分がおいしいと信じるものをあげたい。相手の好みや、イベント自体に対する考え方も気になる。日頃の感謝は伝えたいけど負担になりたくない。

判断が委ねられていているから、贈る価値があるんだけど、ルールがあればなと思ってしまうこともある。でもそれじゃ味気ないだろうな。ぐるぐる、もやもや。


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お菓子は、食べなくても、机の中にあるというだけで元気が出る。いざとなったらお菓子があるし。そう思うだけでいきいきと仕事に向かえる。(お腹が空いたら、というだけでなくて、何か嫌なこと言われたりしたら食べよう、という、心の支えになる。大げさだけどほんとに。)

ヨレヨレな金曜日


先週金曜のこと。朝、会社のエレベーターで偉い人と一緒になって、「寒いですねえ」から始まり、とてもナチュラルな感じで世間話をした。余計なことは言わず、尋ねすぎず。わぁ、まるであの先輩がしているみたいにソツなく目上の人と世間話できた、と感動し、その流れで自分の席に着いたら、他部署の人が私に急ぎの仕事を与えようと待ち構えていていて、カバンを下ろす間も与えずにダダダっと仕事の話をしてきた。けれど私はにこにこしたまま資料を受け取り、その人が去っていくのを見送ることができて、それでまたちょっと感動した。お、ちょっと知らない間に一皮むけたんじゃない?

私の良くないところ、難しいと思ったり、テンパったりするとすぐ顔に出る。演技なんかできないし。笑顔なんか貼り付けられないし。と思っていたけど、あ、楽しいから笑うんじゃないな。ゆとりが欲しい時に自分から自分のために笑うんだな。ということをなんとなく学んだ。(年相応と言われたらそれに尽きるけど、私の知ってる大人たち、落ち着いて穏やかで頼りになる人たちも、なにがしかの道を登って転んでその場所にたどり着いたのだろうなと気がついた。)

相手のための演技じゃない、演技から入って笑って心のケバケバしたところをなだめて、自分を楽にすることなんだなと。それで自然と自分の周囲もまるっとしてくるんだなと。


そんな殊勝なことを考えていたけど、午後に最大級の案件が降ってきて、手こずって一気に余裕がなくなった。


もうゆとりさんたちはどこへやら。かわりにお馴染みのカリカリがやってきた。


最終的には、上司の助けを借りて事態を収めた。


終業時刻間近にはお腹が空いて、ひっきりなしに食べ物を要求してきた。たぶん左右、斜め前くらいの人には聞こえてたんじゃないかと思うけど、もう恥ずかしいと思う余裕もなくて、ヨレヨレで会社をあとにした。

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進んだり、下がったり。進んでる気がしたけどそうでもなかったり。どんなステージでも、たまの手応えと、お菓子が力になる。


集中する、集中が途切れる、また集中する、を一日に5回も6回も繰り返すのは、働きすぎじゃないかなぁ。と、ヨレヨレになるたびに思う。


笑い


先週のこと。会社のお昼休み。

おもしろいことがあって、一同で大笑いした。食べてる最中で口元が変なことになったのだろう、くちびるの裏側を噛んでしまった。

そしていま、その傷が口内炎になっている。何を食べても痛い。トマトとかじゃなくても、口を動かせば痛い。

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そのおもしろかったことというのは、ほんとうにたわいないことで、その場、その面子、そのタイミングが生んだ笑いだった。

そういうのを、あとから誰かに「こんなことがあってね」と話したとしてもたいして面白くない。


笑うっていいよなあと思う。いっぺん火がついたら止まらなくて、涙が出て、みんなが笑い終わっても口の中ではまだひくひくしている。悪いものが減って、気分が軽くなる。



口内炎は痛い。たぶんピークはまだこれから。

でも「大笑いしていて噛んだため」というその出自はなんだか気に入っている。



歌と踊りと歓声と


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少し前に、東京ドームへライブを観に行った。開演は夕方で、帰りは遅くなるからと着込んで出かけたけど、会場は温かかった。空調が入っていただろうし、人の熱気もあった。Tシャツの人もたくさんいて、コートは場違いだった。

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いまをときめく有名人が目の前に現れる、これから時間を共にすると思うと、なんだか信じられないような気持ちになった。

嬉しいというよりも、常識では考えられない超常現象が起こることが宣言され、それを待ち受けるようでワクワクした。

実際は、ステージの上の彼女らは米粒か胡麻のようなサイズで、思っていたような興奮が押し寄せることはなかった。鼻血や熱を出して倒れるんじゃないかと密かに危惧していたので、拍子抜けと安心を同時にした。

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ライブ中の盛り上がりはすごかった。その姿がはっきりと直視できる席はほんの一部で、私と同じように誰が誰だかわからないような距離の人が大半なのに、そこにいる、という事実だけでこんな熱狂が起きる。この人たちは何人かでそれを起こしてしまう、ということに圧倒された。それが眩しくて少し羨ましくて、観客の一人として盛り上がりながら、寂しいような切ないような気持ちになった。


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帰りは旦那さんと二人で地元の居酒屋へ。時間が夜10時を回っていたのにがっつり食べたせいか、腹痛を起こして、家までお腹を抱えるようにして歩いた。

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雪の日、晩ご飯のこと


きょうは雪が降った。足元は冷え冷え。仕事中はいつも以上にブランケットを脚にきっちり巻きつけ、足首から太ももまで、ミノムシみたいにしてパソコンに向かっていた。

雪は昼前にはもう降っていた気がする。刻々と激しくなる降りっぷりに、午後早々には、交通機関の遅延が危ぶまれるのでもう帰りましょうということになった。

部署全体で、きょうはそうなるかも、と話があったので、内心落ち着かず、まとまった仕事に手をつけられなかった。(たぶんみんなそうだっただろう)


外に出て歩くと、四方八方から雪が体にまとまりついてくる。傘なんてほとんど意味ないな、でもささないよりは、と思って信号待ちをしていたら、となりで女子高生たちが数人でキャッキャしていて、

「傘意味ないよね」「ねー」「でも顔は守られる」「あー顔に雪がばんばんぶつかってくるのは何気に嫌だよね」

と話していて、私もそう思ったわ、と心の中で相槌を打っていた。

思ったことを思ったときにそのまま、口にできること、そういう相手がいることも合わせて、素晴らしいなぁと思った。

会社では、言おうとしたことを光の速さで検分し、オッケーかアウトか判断をしながら喋っている。社会人として当たり前のことかもしれないけど、私はそれにちょっと疲れている。



幸い、本格的に遅れ出す前に普段通りの路線で帰り着き、スーパーで夕飯の買い物をして帰った。


いつもより早く夕飯支度を始められたのでメインのほかに手のかかる副菜を作ることができた。五目きんぴら(手がかかるといっても、切る材料が多いということだけだけど)、それにサラダ。


玉ねぎを薄切りしていて、切られた玉ねぎがきれいだなぁと思ったのでスケッチした。そうしたら、その横のゴボウが主張してきたので描き加え、包丁も「あの…私は」という顔をしたので追加した。

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明日は電車動くだろうか。少し早めに家を出たい。いつも歩いている駅までの道もゆっくり歩かないといけないだろうから。


電車の遅れで会社に間に合わないのはこちらの落ち度ではないので気にしないでいいと思っている。

遅延があったとき、勤め先に電話する車内やホームの皆さんの感じ、とても気ぜわしい。1分でも早く会社に着こうとしているような。少なくとも、そういうパフォーマンスが必要とされていると感じさせる。(私が社会人になったころ、約10年前と比べたら少し柔軟になっているように思えるけど。電話してる人は減ったと思う。メールでの連絡にシフトしただけだろうか)


野菜炒め・チャーハンの話


きのうの晩御飯は豚肉の野菜炒めを作った。

塩胡椒した肉を入れ、少ししてから火の通りにくい人参を、半分くらい肉の色が変わってからピーマンを入れた。調味料はウェイパーを少しと、めんつゆ。

年始に里帰りしたときに母が、ウェイパーを使ってしまうと、おいしいけどその味になってしまうよね、最近は中華は鶏がらスープの素を使ってほかの調味料と合わせてるねん  と言っていた。その言葉に影響を受け、ウェイパーだけがっつり入れるのに抵抗を感じてめんつゆと合わせてみたんだけど、わりと美味しく仕上がった。


創作というほどのことではないけど、その場の思いつきで好きにやり方を変えてみて、うまいこといくのは気持ちいい。

何年も台所に立つうちに最低限の常識が身につき、とんでもないことはしないようになったのだなと思う。


ウェイパーで思い出したけど、チャーハンはいつもどこか不満の残る仕上がりになる。

味が薄過ぎたり(濃いより良いんだけど)、ベチャッとしてパラパラしなかったり。パラパラさせよう、と思って火力を上げると焦げ付いて、ご飯を無駄にしてしまう。

休みの日とか、数え切れないくらい作ってるんだけどな。まだ仲良くなれないな。

台所でのこと、料理のことならいくらでも書けそうだ。


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いつも目の前にある洗いかご。いつももりもり。