二人暮らし*会社のこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや動物のスケッチを描いています。

仕事のことあれこれ


ときどき仕事中に猫背になり、眠く、笑う余裕もなく、雑巾みたいになっている。それは落ち込んでいるんじゃなくて、ただ疲れているのだ。

その疲れは間違いなく仕事からくるもの。仕事を中心とした生活からくるものだ。

嫌なのは仕事じゃなくて、仕事をやり過ぎることだ。


仕事それ自体は、時期や、自分のやりようによって、年がら年中残業を強いるものではないから、程よく切り上げて帰る習慣の中でうまく生活とのバランスが取れることを知っている。

たまに職場で発生するショートコントみたいなやり取りは楽しいし(こういうのは登場人物を見知っている間柄で共有されると信じられないくらい面白い)、長いこと悩んで恥をかいてしんどい思いをしてきて、ある時気がつくと、できなかったことができるようになっている、その嬉しさは何にも代えられない。

だから、仕事それ自体に恨みはない。(ソリの合わない人はどうしてもいるけど、またそれは別の話)


料理と似ているなぁ、それ自体苦ではないがために、今ひとつ労働から逃げようとできないところが。

ただ料理は何か神聖なもの、尊いものとして日々向き合っているのに対して、仕事は単純な労働、心の鍛錬(スピリチュアルな意味ではなく筋トレに近い)の場なので、似て非なるものである。

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(どこか、全然違う職場で、もっとゆるく、無理なく働けて、充分なお給料が出る、そういうところがあるかもしれない。自分の会社のやり方、与えてくれるものが当たり前だとは思わない方がいい。長く勤めるほど、抵抗や疑問が減っていく。楽になる反面、ちょっと危険なことだなぁと思う)


仕事と体調のこと


ブログを書かないでいる間に、夏が過ぎようとしている。

最近はなんだか仕事が忙しい。残業もよくしている。

一日の時間の使い方を精査すれば、業務時間内に収まるんじゃないか程度の残業だけど、それだと仕事がつまらなくなるようで、気が進まない。

性格上、必要以上に細かく取り組んでしまう部分とか、煮詰まったときに用がある風を装って席を立って別のフロアをふらっと歩いてくるのとか、それらをやらずに言われたら、ちょっとしんどい。

なんでも機嫌よくやっている間は、非効率なものが共にあるんだと思う。

この間の会議の冒頭でうつらうつら船を漕いだのを、そのあと目が覚めて、それなりに意義のある発言をしたので、帳消しにしてもらいたい。(ていうのは「それはまた違う話です」て言われてしまうかな)

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このところ夏の疲れが出てきたのか、よくわからない体調不良が続いている。

先日は夜中に急に高熱が出て、一日中下がらずにウンウン言いながら過ごして、晩に何か口に入るもの、と思ってアイスを食べたら、それを皮切りにスーッと熱が下がって、急速に筋肉、関節の痛みから解放された。(たまたまタイミングが被っただけなんだろうけど、身体って不思議、と思った)

翌日一応病院には行ったけど、もう平熱だし、まぁとりあえず用心して過ごしてください、何かあったらまた来てね、となって、なんだかスッキリしなかった。でもとりあえず診てもらったので気は済んだかな。

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疲れって、溜まるのでこわい。たぶん二週間くらい、空気のおいしいところで、できれば身の回りの世話をされながら、好きなことをして過ごしたらめちゃくちゃ元気になれると思う。

その元気をまた仕事にあてるというのも複雑なんだけどな。(わがまま)


暑さ到来・説明について


毎日暑い。朝、会社にたどり着いて、エアコンの効いた部屋で一息ついていると汗が胸や背中を伝う。会う人会う人、みんな「暑いですね」で世間話が埋まる。

でも、あまり人に言えないのは、「エアコンが嬉しいのは朝だけで、終日、はっきりいって寒い」ということ。

エアコンの温度を一度上げるとだいぶ違うんだけど、そうしたら私が快適になると同時に「暑い」と感じる人の方が多そうなので、なかなかできない。

みんな暑い寒いがそれぞれだから、難しい。

夕方に仕事を終わって外へ出たときは、あったかくて嬉しいのだ。むわっとする熱気は残っているけど私にはちょうどいい。昼間みたいな強い日差しもない。

(毎日社内が寒いんだ、ということを、こうやって書けてすっきりした。大したことじゃないけど、思うことを口にできなくて、モヤモヤしていたところだった)

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話が変わるんだけど、職場に、とても説明の分かりやすい人がいる。

べつに口がよく回るわけではない。むしろ人並みに時々つっかえたり考えたりしながら話すのに、理解しやすい。なんでかなぁ、としばしば思っていた。

この間その人と話す機会があって、あぁそうか、と分かったのは、一つには、話すスピードがゆっくりなこと。シャドーイングのように、理解しながらついていける、ちょうどいい速さ。

また二つ目には、余計なことを言わないこと。必要最低限の言葉を使って、多少つっかえながらでも、文章として祖語のない説明をする。話した言葉をそのまま書き取ってもそのままマニュアルにできるんじゃないかというくらい。(一般的には、話し言葉は、あー、えー、じゃなくて、あ、こっち先に説明したほうがいいか、とか余計なものを含んでいて、そのまま文章に起こしたらガタガタなことのほうが多いと思う)

それが分かったところで、上手に説明できるようになるわけじゃないけど、心がけるべきことが明らかになると、なんだかいい感じである。

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三連休明け


この三連休には、いろんなことをした。

前半は家でダラダラして、後ろ二日間は出かけたけど、それぞれ全く別の種類の外出で、それぞれに充足感があった。外へ行って帰ってきた、心地よい疲れを感じつつ、夜は湯船に浸かった。

休みの日は家で亀のように過ごすのもいいけど、「平日とは全く別のことをする」のも効く。

たとえば日曜に遊びに出かけて日が落ちてからクタクタになって帰宅、「明日会社なのに、こんなに疲れてどうしよう」と思っていたら、次の日には意外と元気に仕事ができた、そういうことがある。

ただ、今日はそういうタイプの日じゃなかった。休みボケというのか、なんだか調子が乗らなくて小さな失敗をたくさんした。休み明けにもいろいろある。


きょうは雨で、傘を持ってレインブーツで出かけた。私のレインブーツは、履くときにチャックを上げるんだけど、しばらく歩いていると、いつのまにか、左足のチャックだけ下がっている。

はじめの頃は「チャックを上げ忘れたんだな」と思ってたけど、そうではないらしい。

歩き方にクセがあるんだろうな。もしくはレインブーツ側の、不良とも言えないような些細な作りのアンバランスか。

なんにせよ大した支障はないので、「なんでだろうなぁ」と思いながら5年くらい履いている。

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スーパーでの話あれこれ


ゴーヤとチーチキンの和え物を作ろうと思って昼間からワクワクしていたけど、帰りに寄ったスーパーではゴーヤが売り切れで、あーあ、そしたら一品はどうしようかな、また明日来るしかないか、とあれこれ思いつつレジに並んでいたら、前の人のカゴに大根が入っているのを見て、あっ、大根でいいじゃん!とひらめいた。大根細切りにして、塩ふって、シーチキンと和えて、ごま油も入れて。水菜があるからそれも入れて。

帰りにもう別の小型スーパーに寄って大根を手に入れた。

ここのところ外食気味だったから、野菜たくさんの献立にしたかったのだ。よかったよかった。

(ひとの買い物カゴの中身がつい気になる。あんまりじろじろ見るのもアレだけど、思いがけない品物の組み合わせに驚いたり、4人…いや5人家族かな。と想像したり)

ところで、買い物カゴの話。スーパーではカートを使わない。レジに並ぶころには買い物カゴが重くて重くて、取っ手が取れちゃうんじゃないかと心配になるくらい。これ絶対カート使った方がいいよなぁと分かってるけど、徒歩で帰る以上、重さを分からず買うのが嫌なのだ。(エコバッグに入らなかったら…入っても持ち歩けない重さだったら…っていうのが不安で)

このところアイス(6本入)を冷凍庫に常備してて、定期的に買うんだけど、レジに時間がかかるとヤキモキする。

あぁもう溶けちゃう…溶けちゃう…早く早く…

アイス買う人用にファストパスみたいなのがあればなぁ。アイスを買う人はこちらのレーンでお会計します!ていう。夏だけでいいから、あればいいな。

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疲れや満足の話


仕事はやっぱり疲れるもので、週に5日間働くことを嫌だなぁ、としばしば思う。

(それが世間的に当たり前のことなんだけど、週に3日勤務で4日は休みがいい…それなら頑張るわ…とか思ってしまう)

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でもそれとは別の次元で、会社で細々した仕事を片付けることを楽しんでいて、「家だと30分なんてすぐに過ぎるのに、会社での30分はなんて有意義に、色んなことをぱっぱとこなせるんだろう」と面白く思ったりする。

また、職場は人間が試される場でもあって、それを負担に感じることも多いけど、ふと「こういうのが人にはいくらか必要だな」とも思う。

疲れる、でもお金を稼がないといけない。仕事自体は苦ではない。苦手なこともしなきゃいけない場面があるけど、お金をもらいながら修行が出来る場とも言える。楽ばっかりできたとしても、次第に「何か生産的なことをしたい、多少自分の心身を削ってでも」という気になってくるんじゃないかな。

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どの側面も〔それなりにそう〕だし、「この場合においてはどう捉えるのが自分にとって良いのかな」と考えるべきなんだろうなぁ。

「これでいいのか」は、どこかにあるような気がする「確実な答え」に拠り所を求める思いから発する問いなんだろうなぁ。

いつもこうやって、ゴニョゴニョしている。


読書のあと


ここ2カ月かけて、洋書の小説を読んでいた。辞書をひきひき、一日数ページずつ、えっちらおっちら、だった。わからない単語だらけだったけど、先が気になるから読んでいけた。

バババババーっと、気持ちの上では貪るように、早く、早く、と、次のページを繰りたかったけど、単語を調べながらなので、そうもいかなくて、じれったかった。

実際に全ての単語をわかる必要はなくて、雰囲気でなんとなく、想像、類推で進んでいける部分が大きい。(ざっくりと〔喜か哀か〕〔良か悪か〕がわかれば良かったり、また、動詞は調べるけど副詞は必ずしも調べなくても行けたりする)

おお、うんうん、たぶんこういう感じなんでしょう、と進んだ先でしっくり来なくなってきて、あ、なんかどっかで間違ったみたい、と遡って読み直したりもした。


で、本題はここから。

後悔しているのは、読み終わった直後に、自分の得た印象、解釈をネット上で答え合わせしてしまったこと。

読了ほやほやの、まだ言葉にできない、その無形のものは、時間の経過とともに醸成されて、頭の中に降りてきたと思う。たぶんそこで改めて気づくこともあった。それがまた面白かっただろうな。

なのにそのほやほやの「感じたもの」を他人の言葉で上書き保存してしまった。

自分なりに感じ取ったものがあったのに、自信が持てなくて、ついスマホに手を伸ばしてしまった。日本語の小説と同じように英語を読むのは難しい。

読み終わってもまだ読書は続いている、と覚えておきたい。(帰るまでが遠足だ、みたいなことが言いたかったけど、うまい言葉が浮かばなかったのでそのまま書きました)

「まだ…まだ読書は終わってない…」

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(別に本に向き合ってジッとしている必要はないけども)



週の後半に入りお天気が荒れてきた。

電車が遅れるからちょっと早め(10分くらい)に家を出ようと思うんだけど、結局いつもと同じ時間になり、会社にはギリギリになる。

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(なんでも早めに、余裕をもってやるほうだったのに、最近は会社に着くのが始業ギリギリ。それが平常運転になってきて、でもそれで平気。人って変わるなぁ。)