二人暮らし*会社のこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや動物のスケッチを描いています。

他のことが考えられない


口内炎がいまピークを迎えている。と、思いたい。これがピークじゃないとしたらどうしよう。

仕事中はずっと口元が気になり、痛みが気になり、なんとなく開き気味になる唇が乾いてそれがまた気になり。

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ご飯を食べるときは、反対側に食べ物を寄せて噛む。家でだけ。会社ではちょっとできない。(したっていいのかなぁ。でももう30歳過ぎたしな。入社3年目くらいまでならかわいいけどな)

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歯磨きをするときは、患部に歯ブラシが当たらないよう、ほっぺを引っ張りながら磨く。

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口内炎たち

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(思い切り噛んで、傷になったところがそのまま上下二つ、口内炎に成長した)



夏の終わりと口内炎


アマゾンプライムで映画の中で、真夏の光景を見た。青い空に白い雲、蝉の声。主人公が汗を拭きふき歩いている。
ついこないだまでこんな気候で、毎日ふぅふぅ言いながら生活していたのに、ひとたび涼しくなればもう遠い昔のことのようで、懐かしく思えた。

久しぶりに思いっきり口の中を噛んで、大きな口内炎ができた。
人が「口内炎できてる」から聞くと、じゃあトマトは避けようね、とか柑橘系痛いよね、とか考えるんだけど、自分が実際なってみると、何食べても痛い。(もちろんあえてトマトを食べようとは思わないけど)
今週は新しいことを勉強し始めて、楽しくて、アドレナリンが出ていたのか、疲れを感じなかった。でも週の終わりに口を噛むというのは、やっぱり体は疲れてたんだなと思った。
口内炎て、人に見せたくなるんだけど、家族か友達以外にはなかなかできないですね。唇べろっとめくって「見て見て」って。(会社の人にいきなり見せられたら結構びっくりするだろうな)
近しい友達はふだん気軽に会う距離にはいなくて、口内炎を披露できる間柄の人は旦那さんくらい。(もちろん見せた)

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誕生日カードを描きました。


手持ち無沙汰をスマホで埋めない


会社から帰るとき、スマホを触る癖がついている。特に用はないのに、一人になるやいなやカバンから取り出して、ラインを確認したり、ネットニュースを見たり。

家に帰るより一足先にくつろいだ気持ちになれるようなところがあって、やってしまう。

だけど近頃は混雑する電車内でスマホを触るのがためらわれることが多い。大人しく突っ立ってるだけのことが増え、それで気づいたことがある。

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何を考えるでもなく電車に揺られていると、いろんなことが自然に浮かんでくる。

電車の揺れが頭の中のものをふるいをかけるように、日常のこまごまとした用事、一度「やらなければなぁ」と思って忘れていたことが手前に出てくる。

スマホを見ていると退屈はしないけども、新しい情報がひっきりなしに入ってきて、頭がその取捨選択を行う。仕事で疲れているのにさらに頭を使い続けることになって、楽しさはあっても疲れてしまう。

目や頭を休めるために「ボーッとするほうが良い」ということは当然で、加えて情報の整理が無意識下で行われ、思い出したほうがいいことを見えるところに置いておいてくれる。

手持ち無沙汰のときには素直にボーッとするのも良いものだなと思った。



ちなみに、両親に送るつもりだったお菓子は賞味期限がぎりぎりに迫ってたので、自分で平らげた。(おいしかった)

送ろうと思ったらさっさとしないとだめだな。

台風が過ぎて


台風の影響で電車が遅れていて、会社に遅刻した。

何時くらいに着きます、と途中で職場に連絡して、ちょうどぴったりその時間に着くことになった。見当があたると気持ちがいい。


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私は気が小さい。手ごたえがなければ途端に落ち着かなくなる。

言ったことややったことに対して相手の反応が鈍いとき、何か間違っただろうかと不安に思う。何も言われないうちから、ふつうはどうやるものだったのだろうか、とうろたえたりする。

はっきり間違いを指摘されるともう平常心が保てない。その行動をとるにあたりそもそも自分の意思や意図があったはずだけど、ほかならぬ自分自身がそれを尊重してやれない。そこに一定の自信があれば動揺しないでいられるんだろうけど…。

もっと大きく構えていたいと思う。優しくされる前に優しくしたい。誰を相手にしても、それがいつも難しい。


本は本棚から出てくる


読みかけている本を、料理の合間合間に読むので冷蔵庫の上に乗せておいたりする。また夜寝る前にリビングで読んでテーブルの上に伏せておいて、翌朝早起きしたときにその続きを読んだりする。

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その都度きちんと本棚に戻すほうが部屋は散らからなくて良いけど、そうするとなかなか読み進まない。読みたい気持ちがあるなら本棚へ都度足を向けられそうなものだけど、意外とそうではない。

台所や居間など、生活の動線上にしれっと置いてあるほうが、自然な流れで、空いた時間などに頻繁に取り上げて読める。

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どちらかというと整理整頓好きで、散らかってるのにストレスを感じる。いろんな道具は「使ったら元の場所に戻す」が一番と思っている。

(旅先から帰ってきたら、疲れてはいても、洗濯物はすぐに出し、カバンに詰めてたものは部屋の元の場所に片付け、カバンをカラにする。

ボストンバッグなどが帰ってきたなりで部屋の隅にあると気にかかって、片付けないとくつろげない)

ただ、同時に横着でもあって、コレまた使うしなぁ…と思ったら片付ける手間を取らずにその辺に置いておく、ということもしばしばやる。同じ人間のやることか、という感じだけど、そういう面がある。

ことに本に関しては、なんとなく本のある風景っていいなぁとすら思っているので、余計ハードルが低くなる。

このほど、ひと月ほど読んでいた文庫本を読み終わって、本棚へ戻した。

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(ヒサシブリノワガヤダナー)


ピーマンと、キャベツの千切り後日談


父の畑で採れたピーマン。小さめで、ころころとして、届いてすぐに使わなかったから少し柔らかめになっていた。

まな板の上で勢ぞろい。にんにくのすりおろしを揉みこんだ豚肉と炒めて、醤油ベースの味でいただいた。

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少し前にキャベツの千切りについてのブログを書いた。切る最中に小さな切れ端が飛んで飛んでしょうがない、という話に対して、読んだかたが「丸めて切ると良い」とコメント欄でアドバイスしてくれた。試してみたら、切れ端が飛ばなくなって、感激した。

キャベツを切るたびにいつも思い出していたけど、このブログ内でそのことを報告してなかったと気がついた。

ありがとう。それ以降千切りがとても楽になりました。



キャベツの話

http://shouwano.hatenablog.com/entry/2018/02/18/152942



上って下りて運ばれて


住処が変わり、通勤ルートも変わった。乗り換えのときに駅構内を移動する距離がぐんと増え、階段も登ったり降りたり。エスカレーターも使うけど、人の後ろに並ぶ時間が惜しいので、止まって乗る人の隣をたったたった歩いて上る。

よく運動しているはずなのに、少しも心地よくないのは、人混みと構内の空気のせいだと思う。

駅から会社まで歩くのは、15分くらい。朝から日差しがきついけど、外の空気にホッとしている。

足を動かしたぶんだけ先に進むのも、歩くにつれて汗ばんでくるのも当たり前で、その当たり前にホッとする。

乗り物に乗って、携帯を見たりぼーっとしたりする間に、同じ時間では到底歩けやしない距離を行ってしまうのが、そこはかとなく不思議で、「なんか間違ってるよね」という気持ちになる。

引越しをする前だって毎日電車を使って通勤していたのにそんなことは思わなかった。生活が変わったことでいろんな感覚が活発になっているんだろうな。


久しぶり絵を描こうとすると構えてしまって良くない。せっかく時間が作れたんだからそれなりのものを描かねばと、いらない気合いが入ってしまう。

もっと思いつきで、気軽に向き合っていきたい。

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ほんとはこんながらーんとしてない、いつも縦横無尽に人が行ったり来たり。