暮らしの中で思うこと

絵中心のブログ。簡単なイラストや、たまに動物のスケッチを描いています。

スマホのこと

最近は育児に忙しくて、スマホを使う時間ががくんと減った。そうしたら、なんとなく、いい感じになってきた。なんて言ったらいいのか、自分のペースを大事にできるというか、近いうちにやらないといけないことを、あまり焦らず連れて歩ける。

不慣れでやり方から調べないといけないような手続き関係も、すぐ手をつけられそうにないからといってパニックにならずに「うん、今週中にまず何が必要かだけは調べよう」などと思って、スンとしていられる。

タスク管理のためにスマホのメモ帳をよく使ってきたけど、今は毎日つけている育児日記のフリー記入欄にちょこちょこ書くので充分だ。というか、その方が良い。スマホは搭載された機能と、差し出される情報が過多で、手に取ったが最後、あっちゃこっちゃ気になるところを見て、そのうちに当初の目的が思い出せなくなる。(実家で「えーと、私いまスマホで何しようとしてたっけ?」「私に聞かれても(笑)」というやり取りを母と何度かした。)

まだパソコンの方が主導権を握っていられるので、何か買うのでも調べるのでも、できるだけパソコンを使うようにしたいな。

スマホ脳』(新潮新書)では、スマホの普及によって、ネットを携帯する時代になったと書かれていた。それがどう悪いのかを説明できるほど内容を消化できていないのだけど、パソコンを持ってくる・電源を入れる・ネットを立ち上げるという手間は、省くべきものではなく、必要な儀式なのだと思った。

ただ料理のレシピはスマホで見るのが便利だし、LINEは毎日誰かしらと何かしらのやりとりがある。写真や動画はスマホで撮るし、あと、家に電話を引いていないので、電話はスマホ頼りだ。スマホ上で購入した電子書籍もまだ2冊ほど残っている。

なんだか、思った以上にスマホにべったりだけど、肝心なのは、ネット上で無目的に漂流しないということだと思う。

 

ここのところ、ブログに書きたいことが浮かんでは消え浮かんでは消えする。内容はその時々で違う。

頭の中をランダムにいくつものこと(瑣末なこと・しょうもないこと)が行き過ぎて、「あれ、さっき『あ、これについて書こう!』と思ったのはなんだっけ?」となる。見失っても、自分の頭の中のどこかに落ちているのだろうと思うと、別に気持ち悪くはない。

 

このブログは久しぶりにパソコンで書いてみた。本の中でSNSの及ぼす害悪がしきりに説かれていたけど、はてなブログはやめたくないなぁ。

SNS上で他人と比較して自己評価を落とす、自分の状況への不満足感が募るという趣旨だったけど、私とはてなの場合あまりそれはピンとこない。マイペースを守って、書いていきたい。

(現実には3人にも言えないことをSNSでは300人に言えてしまう、という指摘にはどきりとした。それがどう悪いとかはわからないけど、その不自然さは、漠然と、怖い。)

 

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里帰りを終えて


いま飲んでいるルイボスティーティーパックが、とてもいい。出がらしでもよく出る。朝淹れたら小皿に出しておいて、午後にまたおやつと一緒に飲むのに使う。日をまたいでまで使ったことはないけど、いったい何番まで入るんだろうと思う。(たぶんカップ一杯に使うよりポットでもう少し多めのお湯でやるのに向いてるんだろうな。うちでは紅茶は私しか飲まないから、自分のマグカップに放り込んでは取り出し、している)

先月、里帰りを終えて東京へ戻ってきた。実家ではよく果物を食べていて、それで体の調子がよかったので、それを継続している。冷蔵庫にはつねにりんご、みかん、たまにいちご。
また、母の作るご飯は品数が多くて、それも産後の体によかった。野菜をたくさん使う献立なんだけど、母が葉物野菜は「白もの野菜(白菜、ねぎ、キャベツなど)」と「緑黄色野菜(ほうれん草、小松菜、人参など)」に分けて考えているのを知った。

私はこれまで、葉物野菜は、例えば白菜を使えば、それで今夜の食卓、葉っぱものはクリア、と思っていて、なんか品数さみしいな、あと一品どうしようかな、と悩むことが多かった。それを白と緑に分けて考えると献立が楽に組み上がることに、感動した。これ、台所に立つ人はたいてい意識してるのかな。私は野菜はせいぜい根菜、葉っぱもの、くらいの分け方だった。

こんな風に、食事のこと一つとっても里帰りで得たものは多かった。産前産後に世話になるだけでなくて、これから自分の家庭で助けになる無形のものを頭にたくさん詰め込んで、自宅へ戻ってきた。

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近況(髪を切ったこと、子どものこと)


気がつけば今年もあと少し。

年末の大掃除として、私も少し働いた。洗面所の鏡を磨いて、玄関の床を雑巾掛けした。

数日前に美容院に行ってきた。コロナ禍で1年近く行くのをやめていたけど、洗えば乾きにくいし、とかせば毛先がもつれるし、いい加減扱いが面倒になってきて、行こうと決めた。(肩から胸に垂れた髪の束を、頭を振って後ろにはらう動作がもう獅子舞のようだった)

10cm以上切って、それはそれは快適になった。次はいつ行けるかなぁ。

11月に生まれた娘は、日ごとに成長し仕草も多様になってきている。目で人を追うようになり、音の鳴るおもちゃに関心を示し、機嫌のいい時にもなにかを言いたげに声を出すことが増えた。(この3つの変化がこの時期だったということを、後になったら絶対覚えていないだろうな。)


いまは実家にいて、家事業は免れているので私のやっていることは娘のお世話のみ。娘は何時間かまとめて眠ってくれるし、今のところ原因不明で泣き続けることもない。

だからその気になればブログを書く時間はあるし、お絵描きもできると思うけど、子どもの顔を見ているとあっという間に時間が過ぎていく。

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(これは親戚に出したハガキに添えたイラスト。こういうのを週1回でも描きたいけど、無目的にペンをとることが、なかなかできない。)


*もう1ヶ月前になるけど、出産のことを書いた際、スターをつけてくれた方、コメントをくれた方、ありがとうございました。何かと余裕のないときに気持ちの支えになりました。特別な色のスターは勲章をもらったようで、嬉しかったです。




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子どものこと

少し前、無事出産しました。

出てきてくれて、よかった。

お産の最中か、それとも産んだ直後だったか、分娩室で「もうこんなのは一度きりでいい、二度も三度もは無理だ」と思った。

なのに数日経つともう忘れかけていて、また子どもが、とてもかわいいものだと知り、こんな尊い存在を迎え入れるためならお産も充分耐える価値のあるものだという気持ちになった。また、いつかこの子に兄弟姉妹を与えてやりたいという気持ちになるのかもな、と想像したりした。


ただ、それとはまた別のところで、ぺたんこになったお腹がなんだか切なく、胎動のないのが寂しかった。また産院での体験は特別なもので、いろんなことがあったなぁと、たかだか一週間のことなのに、まるで中学や高校を卒業時するような、センチメンタルな気持ちで退院をした。

(日毎にその気持ちも忘れかけている。体の戻りが順調なのが嬉しいという気持ちに置きかわりつつある。なので忘れないよう書いておく。)


子どもはかわいいとは聞いていたけど、想像以上だった。何か新しい気持ちが胸の中に芽生えたというよりは、気がついたら圧倒的な大きさのものに自分が包まれ、含まれていた。

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子どもへの“かわいい”の中には、その言葉通りの意味と、同時に「心配」があることも初めて知った。特にいま、新生児の柔らかくて無防備なこと。

お腹にいたときは自分が食生活やらなんやらに気をつければ我が子を守ることができたけど、これからは気を配ることの範囲が、頻度が、その比ではない。

カンガルーのポッケのようなものがあって、何かあったときには瞬時に包み込んで、悪いものから守ってあげられたらいいのになぁと思ったりする。

一日一日を大事に過ごしたいけど、早く成長してたくましくなってほしい、とも思う。(たくましくなるのは子どももだし、自分も、かな。)






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犬の散歩


一昨日急に冷え込んだと思ったけど、また少し気温が戻ったように感じる。

昨日などは、散歩の時に使っているストールが家に帰る頃には暑くて、畳んで手に持っていた。

散歩中、狭い道で向こうから犬を連れて歩いてくる人が、こちらを気にして通り過ぎざまにリードを引いてくれることが多い。

私は犬が好きなので、足元に来られて匂いを嗅がれたり、触れ合いは全然平気だけど、飼い主さんのこちらに対する気遣いが嬉しい。なーんにもリアクションなくすれ違うより、「あなたを認識してますよ」という信号になり、それを礼儀と感じるのだと思う。私も「すみませーん」とか言いながら通る。(マスクの下でモゴモゴして、ちゃんと聞こえてなかったら嫌だな。今度から会釈も大きめに、もう少しはっきり言おう)


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この間鉛筆スケッチしたヤマガラさんの写真を、もう一度スケッチして今度は色をつけた。

産前で落ち着かないから、動物の絵はこれでいったん終了かな。

スケッチ自体、前より精密に描けたように思うのと、やっぱりこういう色のきれいな鳥だから、カラーだと活き活きして良い。






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草むしりの話など


ここ数日、庭で草むしりをしている。

根元から引っこ抜けるもの、抜けないものまちまち。べつに無理して全部根っこから抜かなくていいよ、抜けないのは抜けないし、と親に言われたので、ブチブチと音を立てて威勢良く抜いている。

どこからともなく蚊が現れてたかってくるので(こんな季節だけどまだいるんだな)、頻繁に場所を変えながら。ほどよく疲れて汗をかき、下半身を使う運動になるので、天気が良ければ毎日やりたい。

昔犬がいた頃は犬が絶えず歩き回って、人も日に何度か必ず出入りして地面が踏み固められていたけど、ここ10年くらいの間に雑草が育ちに育ち、庭というよりどこかの空き地みたいになっていた。

軍手をはめて、最初は手当たり次第抜きまくった。圧倒的な雑草の量に、こりゃ大変だと思ったけど、何日か続けていたら、少しずつ景色が変わってきた。

もともとこういう地道な作業は好きだ。雑草の陰に蝉の抜け殻を発見したり、袖にコガネムシが止まっていたりと、いつ虫に驚かされるかビクビクしているけど。

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昨夜お風呂に入る際、右の太ももに、小枝で引っ掻いたような7,8cmくらいの傷があるのに気づいた。

傷を作るとしたら草むしりのときくらいだけど、ジーパン越しにこんな立派なミミズ腫れが出来るかなあ。

お湯に染みる傷は久しぶりで、おいててて、となりながら浸かった。


話は変わって、ヒートテックの肩のところに穴が開いたので、繕(つくろ)った。

母に頼んだ方がきれいに仕上がっただろうけど、まあ穴は塞がったから満足した。

針仕事は、穴を塞いだりボタンをつけたり、そういう簡単なことならできる。(正しい方法かわからないし、人にどうだ!と見せられる仕上がりではないけど。)

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こだわりの話


いろんなことについて、わりと「私はどっちでもいいよ」と言ってしまうので、しばしば、「もっとこだわれ」「積極的に関われ」と呆れられたり、「決定や選択の責任を全部押し付ける気か」と怒られたりする。

私は人の意向、顔色のほうが大切であって、先に向こうから意見が出れば、「じゃ、それで」とすんなり言ってしまう。どんな小さなことでも、いくつかの選択肢を一緒に検討することは大事だと思うけど、いわゆるディベートの経験値が低く、意見を戦わせること=ケンカ、のように感じて、「そこまでして…」と重たくなってしまう。

また、そもそも、実際人に比べて、色んなことへのこだわりが少ないのかもしれない。高校生のころ、修学旅行の行き先について「別にどこでもいいなぁ」と言ったら、家族から「もっとこだわろうよ」と言われた。投げやりな態度と取られたのだと思う。(私としては、友達と一緒ならどこだって楽しいから行き先なんてどこでもよい、という気持ちだった。せっかくなら訪れたことのない所の方が…とか、そういうこだわりは無かった)

また、事によっては丸投げのようになってしまって、他者に仕事を押し付けることになるケースもある。

こだわりません、任せます、委ねますという意思表示はかなり慎重に行わないといけないなぁと、今は思う。


ただ、無理して「自分はこっちの方が良い」と意見を作るのはよくないなぁ。理由もでっち上げるみたいになって、それはそれで誠実じゃない。

なんにせよ、どうでもいいとか手を抜きたいとか、そういう投げやりな気持ちじゃないということが伝わるような言い方、やり方にしないといけないな。想像力を働かせて。

あと、もし自分の意見があったなら、多少険悪になっても気にしすぎず「自分の意見はこうだ、その理由はこうだ」と冷静に述べるスキルが欲しい。こういうのって練習はできない。日々意識して、実践あるのみ。


先日家の中で両親が話し合って居間の模様替えをした。以上は、その成り行きを眺めていて、ふと思ったことでした。

(両者の意見ははじめ違うものだったけど、ギスギスすることなく、何度か家具を動かしてみて、お互いが納得のいった上で、「じゃあこれでいこう」と結論にたどり着いていたので、夫婦の鏡を見ているようでした。まあ子供の前だったからということもあるだろうけども)


*もちろん、大きなお金が動く選択(保険の加入とか家を買うとか)は「なんでもいいや」なんて態度では臨まない。出来る限り情報を集めて勉強して、正しい、これがいいという選択肢を見つけると思う。

*今回みたいなこだわりの話は、だいぶ前にも一度書いた気がする。修学旅行の行き先のくだりなんかとくに、長いお付き合いの読者様方、二回目だったらすみません。


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ここのところの散歩道。

土や草の上を歩くのは気持ちいいです。






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